
遠い遠い昔。付き合いのあった店のママが酔う度に「女の人生てのはねえ」と煙草をふかしながら口にする。女の人生て何だよ、つまらねえなあと思いつつ毎度のように適当に聞き流していた。細木数子の映画を観て「何だ、想像した通りの夜の世界によくいた女じゃあねえか」とうへえ、と声に出た。あの時期はカルト宗教やら霊感商法やら占いやらが流行ったものなあ。
人は見たいものだけを見たければ、見たいようにも見る、気分よくさせてくれる相手ならば本質などどうでも良かったりもする。そういう傾向のある多数に対して蜘蛛の巣をかける、私が何よりも好かん奴ら。
先日、老師と呼んでいる猟師から山菜を頂戴したが「殆ど持って行かれちまった」と呟いていて、あいつを山に連れて行かねえと、はたまたあいつも山に連れて行かねえと、畑も手伝わなきゃならねえ、と。そして翌日は大体顔が青白い。無理するもんじゃあないよ、と、ああ貰うてばかりだしどうせなら一緒に食べよう、と山菜の天ぷらをこしらえたが「旨い、最高だ」とすこしビールを飲む相手を見つめ「あのさ、与えるばかりで老師には誰が与えてくれるんだよ」と言葉にした。
「そうか?」
「与え過ぎ」
「だって子供の頃からずっとだぜ?俺が大事にしていたものや作ったものまで親父が勝手に人にあげるんだからよ」
相手はそう言いながら苦笑いし「なるほどなあ、人が好すぎだよ」とこちらも苦笑い。
今、老師の家の片づけをしているけれど、いいもんは殆ど若い奴らが持って行っちまったと呟いていたのを思い出した。言うてはいないが、ろくでもないのがごみを置きに来ていて冷蔵庫だけで五台もある。薬の副作用か疲れが溜まると過去のそれらがトリガーになるようで、優先的に捨てて行っているが何となく個人的な思い入れのあるものだろうなというものは老師の部屋に飾る為に残すようにした。
そしてもう少し前だったか。家族の方が帰って来るのを見つめ「お疲れやも知れんから落ち着いたら聞こう」と、外で解体中の納屋の下の物をひたすら移動。すると、様子が気になるのか人が上がって来るわ来るわ。家族を休ませてやれよ、と思いながらも黙々と作業。
「ああ、もう祭やめたい」
「やめればいいじゃないか」
一つ上の家のもう一人の村の高田純次のような老師の家でぼそり。
「そうもいかねえのよ」
「でも終わると思っているでしょう?」
「うん、もう駄目だとは思っている、でも言えねえ」
好感度維持も大変だなあと笑いつつ、もう無理できる歳じゃあないのだからと笑っていたあの夜。そして夕べその老師が倒れた。だんじり等の祭を始め狂言や歌舞伎の芸能も犠牲をわんさか出して進んでゆくからなあ。伝統とだけ聞くと耳心地は良いかも知れないが思い切り力技で維持しているよなあとは思っている。死者が出ても止めないのだから。
夜は猟師はんのところへ出向いて様子だけ聞いて、私は夕飯を済ませたので家人だけご馳走になってきた。明日は納屋を完全に解体。
皆さまも佳い夜を。