
一先ずは、どうにか乗り越えた。何を立証できるかは分からないが、過去の痕跡を消してきたので提出物として取材を受けたものなどを資料として集めている。
ないものねだりしているんじゃないよ、はどれだけ言われただろう。ある人はいい、あるからさ。例えば職場や友人やパートナーに突然、私ではない人物像が吹き込まれ取り戻したいと思った時にその言葉を向けられたら「そうですね」なんて言えるのだろうか。誤解だと事実を述べることもその複雑さを説明することも「その時の」自分の本意ではなく、アウティングの回収に追われ続ける。
そして過去の全ても書き切れなかったが、語れない苦しみの土台に積み上がる「よき日々」を終わらせたい。しかしながら終止符を打ち向き合った途端に次はよき日々に同じ苦しみが積み上がる、この矛盾よ。誰かによって崩されても沈黙を貫き生きてきて、その日々のなかにも美しいものは沢山あった。その灯りを幾度この手で消したかは分からないが、ただ、もうその繰り返しに疲れ切ってしまったのだな。
省略された無様な祭の灯りを消せる?ああ、そう、そういうことだよと不意に流れてきた曲。ここまで踏ん張ったのだから暗くても自分を見失わないようにしなければ、と反動が押し寄せてきたので今日はゆっくりと休むことにした。
夕べは市役所からも電話がかかってきたけれど、今日は考えるのはやめにしよう。